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3月14日と言えば…3

2013.03.14

携帯だと入力できる文字数が少ないせいで、3とかになっちゃったよ(*´゜艸゜)∴

どこまで書いたっけ?

あ、堀部親子が討ち入る気満々の場所に住んでいたという話題だった(笑)

当時の住宅事情については調べていないので、全然わからないのだけど、意外と都合のいい場所によく住む所が空いていたよね?

さらに、吉良邸のすぐ近くに、明らかに江戸とは違う“おくにことば”を話す人達が、そんなに簡単に住めたのかなぁ?

江戸の巷では、“赤穂の浪人達が集まって吉良邸に討ち入るかもしれない”って噂されてたのかと思っていたけど(←時代劇の影響で自分が勝手にそう思い込んでるだけw)そしたらもっと警戒されるよね?

吉良側は「そんなことできるわけないじゃん。全然平気(・∀・)」とかそんな感じだったのかな?

あー気になる。→個人的には他にもっと気にしなきゃいけないことがたくさんあるんじゃないの?って言われそうだけどwww

また数々の疑問を残して資料館をあとにしました(笑)

御朱印帳を受け取って出ようとしたところ、向こうからかなりの人数の団体さんがぞろぞろと入ってきたので「危なかったー!」とホッとしつつ、一番泉岳寺寄りにあるお土産屋さんに吸い込まれました(笑)

そこのお土産屋さんには、過去二回ともお邪魔していて、初めての時に“細川邸跡(大石内蔵助、原惣右衛門、小野寺十内、片岡源悟右衛門他の終焉の地)”が近くにあることを教えていただき、前回は赤穂浪士にまつわるすごい本www(十万円くらいするw)を見せていただいたりで、いろいろ親切に対応してくださるので、ついまた行きたくなるのです。

今回は、呼子笛wと國芳が描いた浪士達の絵のカードを買いました。

50人分の絵と、裏にちょっとした解説が載っていて“これいい!”と即決めwww
(お店の方にもオススメされました/笑)

もちろん、一枚に1人ずつ描かれています。
計50枚で1セット!

ポストカードサイズなので、ハガキ用ファイルに入れたら、簡易資料集に早変わりだよ(´・∀・)b

なんなら、もう1セット買えば良かったかもと帰宅してから思ったよ。
1つは保存用に(笑)

あ、50人というのは、四十七士と、浅野内匠頭、吉良上野介。
そしてもうひとりは、萱野三平!←多分、これが一番の決め手だったかもだよ!

あー早くハガキ用ファイル買いに行きたい(≧m≦)
明日にでも百均に!

そして気づくとあと51文字しか書けない(笑)

旅?はまだ続くのに!
新正堂さんにも行ったのに!

たぶんまだ続くwww

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3月14日と言えば…のつづき

2013.03.14

“笛”の話しのつづき(笑)

持ち主の位の高い順に並べてあったような感じでした。

一番下にあった笛を見て「穴4つだけじゃ、あんまりいろんな音出ないんじゃない?」という話しになったのだけど、「でもそういえばトランペットも3つしか押すとこないけど、組み合わせや唇の使い方でいろんな音が出せるよ」ということになり、結果、4つしか穴のない笛は、むしろ上手い人が吹いてたんじゃないか?という結論を勝手に出して納得したのでした(笑)

あーもうキリがなくなってきた(笑)

肝心の浅野内匠頭終焉の地の話題まで、まだまだだよ(*´゜艸゜)∴

早く“石碑が戻っていたこと”を書きたいのに(≧∇≦)

あれ、いつ戻ってたんだろう?
パネルでは見ていたけど、あんなに大きくて立派な石碑だったんだねぇ(=^∀^=)

去年(2012)の12月14日、あの近く(新正堂さん)までは行ったのだけど、きっとまだパネルwしかないと思って、切腹の場所までは行かなかったんだよね(゜_゜;)

とにかく、戻っていて嬉しかった(//▽//)

もう先に写真だけ貼っておくよ!(笑)

浅野内匠頭終焉之地の石碑

浅野内匠頭終焉の地の石碑2 2013年3月14日現在、移動されていた石碑が元の位置に戻っていました!

浅野内匠頭終焉の地の石碑3

↑とりあえず気が済んだのでw、話題はまた泉岳寺に戻します(⌒∇⌒)ゞ

あー、あの資料館の“すごい方の図録”w欲しいなぁ。
ことりちゃんが持ってて、見せてもらったことがあるのだけど、展示されていないもの(入れ替えで展示してる?)の写真も載ってるんだよね。
そういうのを見たいし、さらに今までに三カ所の資料館を見ていて、“どこに何があったっけ”ということがあやふやになってきちゃって(A^_^;)

覚えているのだけでも書いてみよう…
大高(高は梯子段の高)源五の写経←浅野内匠頭の一周忌の時におさめたもの

赤穂には確か原惣右衛門とあーもうひとり誰だっけ?(+_+)
が、内匠頭のお父さんの一周忌におさめた写経があったんだよなー。
もう、せっかくメモ用にノート持って行ったのに、結局何も書いてないよ(笑)

その近くに、小野寺十内(だったっけー?w)の硯箱←すてき彫刻があしらわれていた。あと箱の内側になんか書いてあった。

あぐり(のちの瑤泉院)の箸←小さくて可愛らしい

内蔵助の茶筒

礒貝の呼子笛←なにかで編まれたものに包まれている

その展示物の上の方に、江戸での潜伏場所その他ゆかりの地が印されたものが貼られているのだけど、吉良邸のすぐ近くに堀部親子の名前(別々の場所)を見つけて、「さすが急進派だよ(*´゜艸゜)∴」と爆笑(笑)

つづく(まだ/笑)

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3月14日と言えば…

2013.03.14

ホワイトデーじゃないよ(´∀` )

浅野内匠頭が殿中で刃傷におよび、田村家にお預けの身となり即日切腹させられてしまった日
であります。

(旧暦でいいますと、まだまだ先ですが)

先月くらいから休みを貰うべく打診していたところ
「何か用事があるの?」
「え?3月14日といったら、有名なあの日しかないですけど!(・∀・)」
「何?ホワイトデー?」
「え?」
「え?」
「浅野内匠頭が切腹させられた日!ホワイトデーなんて全く忘れてたよ(笑)」

…というわけで、お休みをもらって“泉岳寺”に行って参りました(//▽//)

前回行ったのが、去年の12月14日だったので、今日の閑散ぷりには少し驚いたけれど、初めて行った日もそれほどたくさんの人はいなかったことを思い出しました。

そうそう、今日はメインの門が通れなくなってたなぁ。

着いてまずは、御朱印帳をお願いして(1月に赤穂の花岳寺で買ったものを忘れずに持って行ったよ!)お墓方面へ。

主税の梅や、浅野内匠頭が切腹したときに血が飛び散った岩、吉良上野介の“みしるし”を洗ったと言われている首洗いの井戸などを通り、浅野家上屋敷の裏門を移築した門をくぐりました。

お線香を買い、最初にある瑤泉院さん(←“さん”とかつけたら、むしろ馴れ馴れしい感じ?)のお墓にお線香をたむけ、その後、浅野内匠頭の墓前に行くと“新正堂”さん(←新橋にある切腹最中が超有名な和菓子屋さん)の札が!
「えー!新正堂さんなんかすごい!」と何やら興奮した我々でした(笑)

お墓で一番の悩みが“お線香の配分”

自分がお気に入り?の義士の墓前にはつい多めに置いてしまうのだけど、最後危うくなってきてしまう(A^_^;)

大石内蔵助は4本、矢頭右衛七や主税は若くてかわいそうだったから3本とか、礒貝も3本ヽ(〃∀〃)とか。

義士の名前を覚えれば覚えるほどお線香が足りなく感じられます(笑)

肝心の浅野内匠頭の墓前には2本でした(A^_^;)

一通り巡ったあと、次は資料館へ。
まずはスライドを見て、義士達にまつわる品々を見学しました。

身につけていたものや、個人の持ち物などを見ると、いろいろ想像して楽しくなるよ!

今回は、3本並べてあった“笛”に注目(笑)
一番下にあった笛、穴が4つくらいしかなくて、他の2本に比べると明らかに簡素化されていました。

つづく

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